1961年の秋、劇場の負債の問題がいちおう片づくと、私共はさっそく劇団員総会を何度ももって、これまでの無理な仕事が生んだ劇団の歪みや立遅れについて話しあい、私共の基本的な在り方を、おおよそつぎのように確認しあいました―――

(1)俳優座は、今日の新しい現実の新しい演劇的表現を---楽しくて深くて、豊かで、ヒューマンな芝居を、自分たちらしい仕方で、自分たちの力で、創造していこうとする集団である。

(2)この目的のために劇団員みんなが力を合わせ、創造・研究・自己訓練、劇団の維持・運営に全責任を負う。―――そのために意見を述べ、意見をまとめ、またその実現の仕事にくわわる権利と義務をもつ。

(3)だが演劇という仕事の特質上、劇団内の分業、各部門の専門化が行われねばならぬのは当然であり、劇団員はそれぞれの専門部署に配置され、そのすぐれた働き手になるよう努力する。

(4)劇団員はおたがいの特色---教養、経験、技能、体力、個性、年齢、などによる違いをみとめあい、全体の効果をたかめるためにみんなでそれを生かしていかなければならない。

(5)こうした分業化、専門化、おたがいの個性の尊重と同時に、たえずその統一を心がけねばならない。

(6)こうして全劇団員、全専門部署が力をあわせて、演劇の創造・普及の仕事をやっていくには、それにふさわしい機構がつくられ規律がまもられねばならない。

(7)劇団員の研究、実験、学習、訓練などの仕事は、俳優座演劇研究所を整備して、それを通じ、それとの密接な連絡のもとに行っていく。

(8)劇団は俳優座劇場の創立発起者であり、その最も有力な株主でもあるので、この劇場が、新劇の唯一の自主的・非営利主義的劇場としてのその目的にそって運営、維持されるように協力する。

(9)劇団「俳優座」を中心に、俳優座演劇研究所、俳優座劇場との緊密な結合、俳優座スタジオ劇団との協力によって私共の運動を進めていく。

(10)こうして劇団の統一をまもり、その特色を発揮しながら、これを単なる劇団愛国主義におわらせずに、他の劇団と協力して日本演劇の発展に協力する。

こう書いてみると、全くわかりきったみたいなことばかりで、なんの変哲もありませんが、「基本的な在り方」などというのは、大体がそんなものでありましょう。まあ、そのひとつひとつの項目についてもう少し立ち入ったお話をしていけば、私共らしい考え方ややり方が少しは浮かんでくるかもしれません ―――

1.「新しい現実の新しい演劇的表現」とか「楽しくて、深くて、豊かで、ヒューマンな芝居」とかいうものを私共がどう考えているかは、別に項目を設けてお話しいたしましょう。

a.ここでまず確認しておきたいのは、私共は自分の職業として専門として、つまり私共が多少とも世の中に役立つための仕方として、演劇を自分で選んだのだということです。私共の劇団の正面の仕事は、あくまでも芝居をつくることであり、芝居をひろめることであり、そこへ向けて自分のあらゆる仕事、あらゆる生活を集中することを自分で決心したのだということです。

だが、私共が自分の仕事として演劇を選んだのは、それが世に役立つ唯一の、あるいは、いちばんよい仕方であるからだなどとは、とても云えないでしょう。世に役立つ多くの仕方のなかのひとつの仕方として、他の仕方とは違った、そこが取柄のひとつの仕方として、私共が自分でそれを選んだにすぎません。特にそれを選んだのは、たぶん私共に向いているから、私共がそれを愛しているからでありましょう。だがいったんそれを選んだ以上は、この「演劇」という世に役立つ仕方の特質、その独自の存在価値をいよいよ深くさぐり、それを伸ばしていかねばならないでしょう。また、芝居を創るという、芝居を見るというこの独自の楽しみが、外の力のためにそこなわれ歪められるのを、自分で防いでいかねばならないでしょう。

実際問題としては、私共は映画やラジオやテレビなどの仕事もしておりますし、私共の劇団の経営は今でもそうした仕事に依存していますが私共の正面の仕事はあくまでも芝居です。だがこれは決して私共が、映画やラジオやテレビの仕事を軽く見るからではなく、私共が正面の仕事として「演劇」を自分で選んだからにすぎません。

b.つぎに「自分たちらしい仕方」とありますのも、「自分たちの仕方」だけがいちばんよいとうぬぼれているわけではなく、「自分たちの仕方」が、少なくとも自分たちにはいちばん向いている、またそこに私共のつくる芝居の独自のおもしろさ、独自の存在理由もおのずから生れてくる、だからこの「自分たちらしい仕方」をはっきりさせよう、大事にしていこうというほどの意味にすぎません。

c.「自分たちの力で」とあえてつけくわえたのはそういう「自分たちらしい仕方」をまもっていくには、いまの世の中では、やはり「自分たちの力」にたよるより仕方がない---つまり、興行資本とか、政府とか、特定の団体とか、個人とかに従属せず、そうしたものの力を借りずに、そういうものの制約を受けずに、芸術家である私共が、私共の芝居を見て下さる方々とじかに結びついて、自分たちみんなの考え、みんなの力で、みんなの責任において、みんなの納得のもとに、劇団の仕事を成り立たせていくしかないということであります。

d.したがって、私共の間には、劇団と劇団員、または劇団員相互の間には、やとう、やとわれるの関係、あるいは従属関係、師弟関係というものも、原則的にはあるはずがありません。ただ平等な共同出資者、共同経営者、共同創造者、共同研究者同志という関係があるだけです。

e.いうまでもありませんが、「自分たちの力で」ということは、なにも「自分たちの力の過信」を意味するものではありません。また、自分たちだけの好きな、自分たちだけがいいと思う、自分たちの身丈にあった芝居だけをこじんまりとやっていける小さな世界を「自分たちの力で」まもろうとすることを意味してもおりません。

演劇を通じていまの世に役立とうとしている以上は、何がいまの世に役立つかを、単にあるがままの自分たちに即して、「演劇」という自分たちの専門に即して考えるだけでなく、世の中全体に即して、その成行きに即して考えることもまた必要でありましょう。

ただ私共には、今日のような世の中で、興行資本家はもとより、政府とか団体とかいうものが、こうした普遍的な社会的委託というものをまちがいなく私共に伝えてくれるとは、また演劇という特殊な世界の特殊な事情をほんとうに理解してくれるとは、盲信できません。よしこの社会的委託というものを正しく伝えてくれるにせよ、私共がそれをただ「義務」として「命令」として受けとるのではなく、わがこととして、自分たち自身の自由な選択として、決定として主体的に受けとめられるようになるには、やはりそのための土台を「自分たちの力で」つくりあげ、まもって行かねば、よい芸術は生れないでしょう。

f.これまで述べてきたように、私共の本来の仕事は、よい芝居をつくり、それを舞台にのせ、世にひろめていくことですが、それをうまくやっていくには、当然、それ以外のことにも目をくばり、手を出さぬわけにはまいりません。

たとえば、さっきも申しましたように、演劇の世界、芸術の世界だけに閉じこもらずに、ひろい世界と触れあって、「いまの世に役立つ」とはどういうことか、「新しい時代」とはなにかを、そこから汲みとらねばならないでしょう。

g.またたとえば、ただ一つ一つの芝居をつくるだけでなく、自分の専門である「演劇」の特殊性、その独特のおもしろさを見きわめ、その可能性をひろげ深めるための研究や実験をすること、そのために自分を鍛えることも必要でしょう。

h.また「よい芝居」をつくる根本の条件である「よい脚本」を手に入れ、それを正しく感じとりつかみとることができるように、劇作家たちと絶えず触れあい、その意見をきき、その人柄を識ること、また絶えず、新しいすぐれた劇作家をさがし、劇作家をたすけることも必要でしょう。

i.また絶えず、私共の芝居を見てくださる人々を増やしていくこと、舞台を通じて(それが本筋ではありますが)だけでなく、あらゆる手段をつくして、お客さん方がもっとよく私共の芝居を楽しみ、理解してくださるように努力する必要もありましょう。

お客を集め、増やすための(動員・宣伝)方法、一度来てくださった人たちを長く劇団につなぎとめ、お互いに仲よくなるための方法を、みんなで工夫し、またそのための実際の仕事に協力することも大切でしょう。「劇団後援会」、「労演」、「都民劇場」などの観客団体との緊密な結びつきをはかるとともに、そういう組織に入っていない、入りたがらない人たちとも結びつく方法を講じることも必要でありましょう。

j.そのほか、演劇の創造・普及の自由をまもるために政治的反動とたたかうこと、演劇、映画、ラジオ、テレビなどの大企業による芸術の商品化、卑俗化、反動化に抵抗して、よい演劇をまもること、マスコミとの戦争、その圧迫から劇団をまもり、私共が自分たちの芝居を念入りに創りあげていけるような条件を絶えず確保していくこと、そうしたたたかいのために、他の劇団、他の演劇人、他の演劇団体、その他と協力することも忘れてはならないでしょう。

2. このように「俳優座」は劇団員みんなが、自分たちの意志で自分たちの力で自分たちの芝居をつくっていくための集団ですから「劇団員みんなが力を合わせ、創造・普及・研究・訓練・劇団の維持・運営に全責任を負う」ことも、「そのために意見をのべ、意見をたたかわし、意見をまとめ、またそれを実行する仕事にくわわる権利と義務をもつ」ことも、まあ当然でありましょう。

a.共同運営---しかし芝居をつくり、世にひろめていくというのは自分たちだけですまされる仕事ではなく、絶えず外の世界を相手にのるかそるかの真剣勝負をやっているみたいなところがありますから、もちろんそういちいち細部にわたって、劇団員みんなの合議の上でことを進めていくわけにはまいりません。
  ただ、劇団の創造、人事、運営、経理などの基本的問題---つまり、基本的芸術方針、公演スケジュール、演目とその演出者、研究・実験・訓練の課目や方法の決定、さらに劇団の経理・運営・人事などの面での重要問題の決定、さらに幹事会の選出、各部門部署への人員配置、その責任者の任免、入退団など---については、劇団員みんなの意向をきき、その承認を経ねばなりません。執行部のやった仕事が、幹事会を通じ、総会を通じて、劇団員みんなに報告され、その検討や承認を受けねばなりません。

こうして自分らが決定し、承認した劇団の基本方針にもとづき、幹事会の指導のもとに、劇団員全体がそれぞれ専門の仕事に---創造面だけでなく、運営・研究・実験・自己訓練などに---それぞれの力量に応じた貢献をする権利と義務をもつことは云うまでもありません。

b.共同出資---また「自分たちの力で」この劇団を維持・運営していこうとする以上、劇団員みんなが劇団の経済(経常・人件費、公演費用その他)を自分たちで負担せねばならぬことも、また当然のことでありましょう。その財源は劇団の演劇公演、映画、放送、他所の演劇公演への出演による収入であります。

私共が演劇の創造・普及を正面の仕事にしている以上、自分たちの演劇公演による収入が劇団の主な財源になるのがいちばん自然です。
  しかし現在ではまだ私共の演劇活動がそこまでいっていないので、映画・放送への出演による収入を劇団の主要財源にせざるを得ません。(映画・ラジオ・テレビ出演収入の劇団公演収入との割合は、1960年度が約13倍、1961年度が約16倍、1962年度が約6倍です)。

こうした状態のなかで劇団の財政を安定させるために、私共は一九六二年度以来、劇団員みんな(常勤劇団員を除く)が、映画・放送・他劇団への出演などの収入のうち一定額を責任を持って劇団に共同出資することにしました。
  その額は、劇団員の在団年限、技能の程度、マスコミにおける地位、個人的生活状況を考慮して一様ではありませんが、だいたい一年に、最高二〇〇万円から最低二〇万円、これを六つのランクにわけて分担しております。

以前はこうした責任出資額(ノルマ)をきめずに、誰もがマスコミ収入の一定パーセント(二つぐらいのランクにわけた)を劇団に納めて、劇団の経常・人件費、さらに劇場建設費の返却に当てることにしていましたが、この方法にはいろいろな矛盾があります---第一は、劇団としては経常・人件費をまかなうに足りる一定の金額が入ればすむので、つい売りやすい人をマスコミで働かせるようになります。
  そうなると劇団の経済がマスコミで売れる人たちに依存しすぎるようになります。劇団のためにマスコミで働くことが大義名分になり、それと同時に生活も膨張してコントロールがきかなくなる。またその人々が舞台に出たくともなかなかその暇がない。売りにくい人はますます売れなくなり、芝居をする暇はあるが生活は苦しい。多少の給料をもらうにしても、売れる人に食べさせてもらっているようなコンプレックスを感じたりするようになります。
>   マスコミに売りいい人と売りにくい人というものはたしかにあるわけですが、それがなにか根本的な芸術上、人格上の相違にもとづくかのように誇張されたり、マスコミ担当部署のえこ贔屓に帰せられたりもして、いつも風波が絶えません。
  いちばんこまるのは、両方の間に大きな生活の開きが生じ、それがものの考え方にも影響を与えるということです。みんな芝居を愛し、劇団を大事にしようという気持ちに変わりはないのですが、そうした摩擦や喰いちがいが劇団としての統一をとりにくくします。

おかげで、責任共同出資の制度をとってから今日までの一年間の成績はたいへんな好調です。いちばんよいことは、劇団の集団性ということが、ここには雇う雇われるみたいな関係はまったくないのだということが、単に理屈や感情の上だけでなく、即時的にのみこめるようになったことでしょう。
  ともかくも劇団員のほとんど全部が責任額を納めることができましたし、劇団のマスコミ担当部署がまず劇団員みんなにもれなくノルマを果たさせることを第一目標にして仕事の分配をするように努力しはじめたために、これまで売れなかった人々も売れはじめ、それにつれて生活も楽になり、売れすぎてて人々は責任出資額以上のマスコミ出演を自分で調節して舞台に立つ機会を多くもつようにもなりました。そればかりか自発的に次の年度からの責任出資額の増額を申し出る人々も何人かあらわれました。

しかしこうした制度は、劇団が今のところはどうしてもマスコミに依存せざるを得ないところから来た一時の便方でありまして、演劇の創造普及を主目的とする劇団のたてまえからも、また劇団員みんなが自分の選んだ演劇という仕事に専念できるためにも、演劇公演による収入が、劇団の主要財源になるような方向に向かって行かねばならぬことは当然であり、私共はそのために絶えず努力しております。
  さいわい、例えば62年度の成績をみましても、演劇公演収入は前年度の倍以上になり、その映画・放送収入との比率は、一対一六から一対六にかわって来ております。今後は再演や旅公演を増やせば、この差はもっと縮まるだろうと期待しています。

そのほか小さいことですが、劇団の創造面または運営面の雑用をできるだけみんなで分担して経常費や公演費を軽減したり、みんなで積極的に切符を売って、公演収入をふやしたりすることで、劇団のマスコミ依存度を少なくしていくことも怠ってはならないでしょう。

c.最低生活の保証---劇団員が劇団の仕事に全力を集中する以上、その最低生活費を劇団の責任(つまり劇団員全体の共同責任)において保証するのは当然でありましょう。

ただ最低生活費といっても、これをどの程度に押さえたらいいかはなかなかむずかしい。現在の劇団員の生活程度にはかなりの差がありますしこれを一率にするなんてことは不可能ですし、あまり現実的でもありません。
  いちおう世間普通の働く人々の給料を標準にしながら、芝居をつくる仕事、劇団員としての日常的義務を果たしていくのに必要なぎりぎりの生活費だけは、せめてみんなの責任において確保しよう。そこから発してだんだんにみんなの力で上げて行こうというほどの意味におとりいただきたいと思います。

各目のそれ以上の費用は、劇団の全体的責任からはずして、各自がそれぞれの責任においてかせぐ―――劇団としては仕事の上でできるだけそうした余裕を各個人にのこし、そのための映画・放送・演劇出演の便宜をはかるが、劇団の存続にかかわる費用を劇団員全体でかせぎ出すことの方を当然、優先的に考えねばならぬというわけであります。
  ところでその最低生活費は、それぞれの劇団員の生活設計に便利なように、給料のかたちで毎月支給します。
  その内容は、各劇団員の責任出資額の四八%に当たる額(A)と、劇団の公演収入分配金を月割にした額(B)を合計したものです。(B)の方は、(A)とちがって二つのランクにしかわかれていず、その差はごくわずかですから、(A)と(B)とを合わせた各自の給料とその責任出資額との比率は年額二〇〇万円出資者の場合は五二%、二〇万円出資者の場合は八四%になり、若い人たちにはその出資額の大部分が給料として戻ってくるようにしております。

またこの方法は、演劇公演の収入が増し、その分配金(B)が増すにつれて、責任出資額が自分に戻ってくる比率が多くなり、だんだんマスコミによる責任出資額が減っていく仕組になっている点で、演劇の仕事に集中していこうとする劇団の基本方針にもかなっております。

経理部、製作部、舞台部所属の劇団員は、常勤で、他に収入の道がないので、責任出資額を免除されておりますが、その他の点では非常勤の劇団員と同じ権利と義務をもち、それと見合う給料を支給されています。総務部はいまのところ部長(劇団主事)だけが常勤です。

このほか、演技部員は公演の都度、出演手当を支給されるほか、地方公演の場合は旅手当を、責任出資額にあてる映画やテレビ出演の場合には交通実費をもらいます。

だいぶ世智辛い話になりましたが、芝居を創る仕事だけでなく、劇団の維持費をかせぎ出す仕事、劇団の日常事務を処理していく仕事、この三つの兼合いをよほどうまくしていかないと、今の世に芸術的な芝居をなりたたせていくわけにはまいりません。

3. 私共の芸術的な質をたかめ、劇団の運営を能率的にしていくには、劇場内の分業、各部署の専門化がどうしても必要です。私共の劇団には―――

  演技部 舞台部 演劇製作部
   映画放送部 経理部 総務部

の各部門があり、劇団員は原則的には、必ずどれかに属しております。(原則的にというのは、劇団所属の劇作家であり、演出家であり、文学指導者としてみんなが認めている田中千禾夫や、劇団の教育面の仕事をもっぱら担当している木村鈴吉のように、どの専門部にも属さない劇団員もいるからです)

総合芸術といわれる演劇の創造面には、その全体をまとめる演出という大事な仕事がありますが、私共の劇団では特に演出部というものを設けてはおりません。
  演出の技術的、事務的な面は舞台部で全部処理しますし、演出者としての研究・実験は俳優座演劇研究所で演劇論研究会、演出研究会その他でやれますし、また俳優が演出者を兼ねる場合が多かったりもするからです。
>   それに、劇団のレパートリーや創者方法の立案やその準備は、幹事会直属の文芸委員会で行うことになっています。

4. 芝居の楽しさ、おもしろさというものは、なんといってもさまざまの個性的なもの、特殊なものの生き生きとした複雑な統一―――矛盾と緊張を内にはらんだ統一―――によって生まれるものですから、おたがいの素質、性格、教養、技能の相違をみとめない機械的な平等主義、均一主義はあくまでも避けねばならないでしょう。
  各自が自分の特色を発揮するとともに、相手の特色をみとめ、ひとつの楽しい芝居をまとめあげるという共通の場で---またおたがいに仕事のしやすい、おたがいの励みになる、生き生きした、呼吸の長い、ひとつの創造集団をつくりあげていこうという共通の場で、それらを噛み合わせていかねばなりません。

たとえば、スター・システムをしりぞけ、劇団員みんなが研究・訓練・創造・発展の場を均等にもてるように気をくばりながらも、ひとつひとつの上演のための配役はつねに適材適所、脚本本位、演出本位でなければならないでしょう。
  したがって、劇団総会で脚本をきめ、演出者を選んだ後は、配役その他の上演にいたるまでの処置は、その演出者の指揮にしたがいます。もちろん、全権をゆだねられた演出者が、その芝居の成功と同時に、劇団全体の発展、演技力の成長、芸術面と経営面の均衡などを絶えず頭に入れながら仕事を進めなければならないことは、申すまでもありません。

5. こうした分業化、専門化、劇団員それぞれの個性の尊重と同時に、自分が演劇という総合芸術、集団芸術の一構成要素であることを、自分が全体の中でどういう位置を占め、どういう役割を演じているかということを、演劇の創造の場でも、劇団の集団的活動、集団的生活の場でも、つねに正しく理解しなければなりません。

なお、自分の専門部署の仕事に精通し熟練するとともに、他の専門部署についても一応の理解をもち、必要に応じてそれを助ける心構えと、ある程度の実力をもたねば、私共を取り巻いているさまざまな困難な事情のなかで、新劇を護り育てていくことはできないでしょう。

6. こんな風にして、荒い世の浪風のなかで仕事を進めていく私共の組織は、民主的・合議的であるとともに集中的なものでなければならないでしょう。私共の劇団にはつぎのような機関があります―――

a.総会―――これは劇団の最高決定機関で、幹事会によって定期的に招集され、執行部の活動報告、財政報告を点検し、承認するとともに、劇団の芸術方針やスケジュールや演目や演出者の決定、幹事会、各専門部の部長や係、文芸委員会委員の選出、劇団員の入退団の承認、その他劇団の重要問題についての提案、審議、決定を行います。

b.幹事会―――総会と総会の間の劇団の審議機関、決定機関であって幹事は総会で選ばれるわけですが、芸術創造集団としての特質に応じてその選出方法は、劇団員のうち演劇経歴も長く、芸術的にもすぐれていることを劇団員が総会で認めた人々(現在11名)のうちから6名、その他の劇団員のうちから七名を無記名投票でえらび、これに演技部を除いた5つの専門部の部長と劇団教育係をくわえて、合計19人で構成します。その仕事は、総会の意向を体して、劇団の当面の活動について相談し、各専門部の活動を点検し、また総会に対して必要な問題の提起をすることです。

c.部長会議―――毎週一回、総務、経理、演劇製作、映画・放送、舞台の各専門部の部長が集まって、各部の活動の連絡、調整を行うとともに、劇団の日常事務を点検し推進します。

d.文芸委員会―――前述の方法で劇団の芸術上の指導者として選ばれた六人の幹事が集って、創造方法、演目選定の基本的方針や劇団員の教育、劇作家との結びつき、新しい劇作家の養成などの問題について話しあい、その結果を幹事会にはかります。

e.そのほかに、劇団の生活資金を管理して、劇団員一人一人の生活問題についての相談をうけ、またその援助策を幹事会にはかる生活委員会、劇団員全体の保健、リクリエーション、結婚、出産、不幸などの問題をあつかう厚生委員会などがあります。

7. 劇団には特に教育部というようなものは設けられておりませんが、これは劇団員全体が俳優座演劇研究所の研究部に属し、そこで行われるあらゆる、研究・実験・学習・訓練活動に参加することができるからです。

前の章でもちょっと触れたように、私共は劇団の職業化・大衆化に踏みきるとともに、俳優座演劇研究所を設立して、研究・実験・訓練などの仕事をそこへ移しました。

俳優座演劇研究所(所長千田是也)は養成部(部長杉山誠)と研究部(部長田中千禾夫)とにわかれておりますが、養成部はすでに十五年来附属養成所(所長千田、主事杉山)をもち、毎年四十人内外の生徒を選んで、三年間の専門教育を与え、すでに400名以上の卒業者を新劇、映画、ラジオ、テレビの各界に送り出しております。現在83人の俳優座の演技者のうち62人が養成所卒業生です。

研究部は人手不足や資金難のために充分な活動ができませんでしたが、五年前から田中千禾夫、木村鈴吉(研究部主事)らの努力によってようやく運営を整え、演劇論研究会、戯曲研究会、音楽劇研究会、を定期的にもったり、国語音声学講習会や時事問題、芸術問題についての自由討論会を催したり、全国の新劇団の活動調査を行ったり、これまで劇団が行ってきた試演会・勉強会などを研究所に移して、これに一定の方向を与えるように努力したり、劇団演技部おさらい会(謡、仕舞、三味線、長唄、洋楽、声楽、日本舞踊、モダン・ダンス、体操など)の援助をしたりしております。

そのほか、現在でもかなりの数の内外の演劇研究機関との連絡・資料交換、劇団記録の蒐集と整理の仕事、年一回発行の演劇論集「演劇研究」、季刊の戯曲集「ドラーメン」、その他各種の演劇研究資料の発行などを行っております。

まがりなりにも、こうした自分の演劇研究所をもっている劇団は俳優座だけですが、つぎつぎの公演活動やマスコミ出演に追われてこの研究所を百パーセントに利用し、その機能を充分に発揮させるところまではまだ行っておりません。

この忙しい公演やマスコミ出演の仕事のなかで、なんとかして研究、実験、学習、訓練の時間をみんなの力でつり出すこと、一人一人の勉強だけでなく、共通の研究目標、研究課題、研究方法をみつけ出して、みんなでいっしょに勉強すること、たとえ少人数でも、短期間でも、共同学習、共同訓練の機会があったらこれを生かすこと、まずそんなところからでも手をつけていかねばならぬと思っております。

8. 俳優座劇場の建設は、私共としては最初に想像した以上の難事業でした。そのために十年近くを費し、劇団として創造面の充実をはからねばならぬ。
  またはかることのできる時期を、マスコミの仕事に追いまわされて過ごさねばならなかったのはたいへん惜しい気もしますが、どうやら持株(50,400株、2千5百20万円)のほかに4千万円以上の金を自分たちの働きで投入して、この日本で唯一の非商業主義劇場を、芝居を創るものたちの手に確保することに成功し、この劇場の設立発起人者および株主としての責任をはたすことができました。
>   現在、俳優座劇場は、その附帯事業である舞台美術製作所の予想外の発展と相まって、ようやく経営も安定し、ともかくも舞台設備のいちばん整った、いちばん使いよい劇場として、私共の公演ばかりでなく、多くの新劇団の最も自由な発表の場になっております。

しかし、なんとしても収容人員が少ないので、現在でも大ホールでの続演、再演が普通になっておりますし、今後は、俳優座劇場は小劇場としての本来の特色を発揮できるようにするとともに、大劇場での公演、興行街への進出を真剣に考えねばならぬ時期に来ています。

9. いかめしい法規上の名称をもちいますと、劇団は有限責任会社「劇団・俳優座」、劇場は株式会社「俳優座劇場」。研究所は財団法人「俳優座演劇研究所」といいたいところですが、まだその財源が足りないので、いまはまだ、ただの「俳優座演劇研究所」です。

いずれにせよこの三つが、私共が進めて行く運動の三本の脚ですが、そのなかのいちばん能動的な部分、芝居をつくり、世にひろめ、映画・放送などに多くの演技者を提供し、それで金をかせいでくるのは「劇団」ですから、他の二本の脚―――「劇場」と「研究所」―――はその支柱ともいえばいえるでしょう。
  しかし「劇場」も「研究所」も(その附属俳優養成所も)単に「劇団・俳優座」のための劇場でも、そのための研究・養成機関ではなく、ひろく新劇運動全体、それどころか演劇界、映画界、放送界に開かれた公共的な施設であり、そういうものとして運営されております。それらを統一する機関も別にありません。
>   他の二本の脚に血を通わせているのは、たまたま「劇団・俳優座」がそれらの設立の発起者という点、その重要な部署に劇団の人間が働いているという、また他の二本の脚が傷ついたり病んだりする場合には、「俳優座劇場」の負債返却の場合がそうだったように、「劇団」が全力をあげてその治療にあたる気構えをもっているという点でありましょう。

このほかに、俳優座の周辺には、俗に俳優座衛星劇団と呼ばれている五つのスタジオ劇団があります。これらの劇団は、いずれも十年ぐらいの歴史をもち、年々俳優座養成所の卒業生その他を吸収して、東京の中堅新劇団として活発な動きを見せております。そのうちの―――

a.「青年座」は、俳優座の若手俳優だった成瀬昌彦、山岡久乃、東恵美子、初井言枝、森塚敏らを中心につくられた劇団で、椎名麟三、野間宏、西島大、八木柊一郎などの作家にまもられて、現代の創作劇だけを上演していくというその初志を今日まで貫いて来ております。

b.「仲間」は、俳優座の演出部員で養成所の先生をしていた中村俊一を中心に、生井健夫、日恵野晃、林孝一、原保美、伊藤巴子などが、日本および外国の近代古典劇、ドイツ現代劇、秋元松代の戯曲などの上演によって堅実な歩みをつづけております。

c.「新人会」は、レッシング・シラー、ヘッベルなどのドイツ古典劇や、ブレヒト、サルトル、ポルヒェルト、デュレンマットの作品や、田中千禾夫の傑作「マリアの首」「伐るなかれ樹を」などの成功によって認められましたが、最近再度の分裂により弱体化し、俳優座の阿部宏次、島田安行、俳優座研究所の「演劇論研究会」の岩渕達治らの支援のもとに藤田啓二、井上昭文、林昭夫、渡辺美佐子らが、その再建に努力しております。

d.「三期会」は、本郷淳、入江洋介、戸田晧久、熊谷素江など養成所三期生と俳優座演出研究生だった広渡常敏、熊井宏之らを中心につくられた劇団で、ブレヒトの「母」「パリ・コミューン」「例外と原則」の上演や「明日を紡ぐ娘たち」の集団創作などによって、社会的革新的な主題への若々しい情熱を示しております。

e.「同人会」も養成所三期生を中心につくられた劇団で、椎名麟三の「自由の彼方」「生きた心を」、遠藤周作の「親和力」、北原武夫の「鎮魂歌」などの創作劇の上演によって存在を主張してきましたが、再三の分裂によって、現在は養成所八期生以下の若い連中が中心になって、俳優座の木村鈴吉の指導下に再建にとりかかり、最近の観世栄夫の演出による「プラド美術館の戦い」や「乞食の歌」の上演によって、やっとその端緒をつかんだというところです。

これらのスタジオ劇団は、俳優座の若手俳優や養成所卒業生が、それぞれの自発性においてつくったもので、はじめはお互いの競争意識が強すぎたり、内部事情による分裂や脱退をくりかえしたり、また俳優座との関係も親疎さまざまでありましたが、十年を経た今日では、創造面でも運営面でも次第に経験をつみ、指導メンバーもかたまり、またスタジオ劇団の間でも、おたがいの独自性、自主性を認めあいながら、相互の連繋交流をはかろうとする気運も強まり、昨年からは、「労演」の支持によって、年一回のスタジオ劇団合同公演が持たれるようになりました。これには「新人会」から分裂した早野寿郎、小沢昭一、小山田宗徳、楠侑子らの「俳優小劇場」もすでに参加しております。

スタジオ劇団のこうした協力の気運をさらに助長させ、おたがいの意見や経験の交流によって、それぞれの芸術的交流をたかめ、一人前の職業劇団に育っていくように支援すること、また必要に応じて直接その理論的、技術的指導にあたることは、これらのスタジオ劇団の母胎たる「劇団・俳優座」および「研究所」のつとめでありましょう。

10. 最近、新劇人の社会的、政治的関心が非常にたかまりつつあること、新劇運動内部での協力体制も次第にととのいつつあることは前の章で触れました。これまでも俳優座はそのためにイニシアチーブをとったり協力してまいりましたが、今後もこうした努力をつづけていくつもりです。

俳優座の仕組や仕事の段取りはだいたい以上の通りです。どう贔屓目にみても新しい芝居を育てていくのに適しているとはいいにくいこの日本の風土の中で、20年ちかくもまれている間におのずとこんな形ができてきたわけで、目下のところはこれがいちばん便利だと思っていますが、私共は決してそれにこだわる気はありません。

大切なのは、芝居をする以上欠くことのできぬこの集団生活を、その中にもたれ込んで、一人一人の芸術家としての主体性創意性を失わぬようにしながら、また、この世の中にできるだけ正しく幅ひろく立ち向かってゆこうとする一人一人の気構え、緊張をくずさずに、みんなでまもり育てていくことでありましょう。そのための形やルールを欠くわけにはいきませんが、要するにそれは形であり、ルールであるにすぎません。