9月の公演「ヘッダ・ガーブレル」でタイトルロールのヘッダを演じる。その少し前は浅利慶太演出「オンディーヌ」(自由劇場)でイゾルデ役として出ていた。四季独特の母音強調法にアレルギーを示す新劇人も多いが、「意味をちゃんと伝えていない役者に対して浅利さんは注意をしていたと思う」と鋭く観察。「いい役者はどんなメソッドをやっても素敵だ」というのが田野自身、いろいろなところに出演して得た実感だ。

それにしてもイプセンの作品は初めてで、いきなりヘッダの声がかかった。劇団内でも「ヘッダは誰がやるんだろう」と注目を集める中、演出の堀越大史がぎりぎりまでキャストを明かさなかった秘密兵器だ。俳優座では1978年に大塚道子がヘッダをやって以来、37年ぶりの再演となる。

「ヘッダは希代の悪女と呼ばれるほどの悪をやっているかというとそうでもない。大胆でいて小心者だったり、矛盾するいろんな両面を同時に持っている。ヘッダ自身、どれが本心なのか分かっていない」と役柄をとらえる。ヘッダが血となり肉となるように台本を読み込んで、「私のヘッダはこうだというものを作り出したい」と意気込む。

由緒ある将軍の娘であるヘッダはファザコンだろう。実は田野も昨年9月、最愛の父を亡くした。子供のころ「お父さんみたいな人と結婚するんだ」と言っていたほどのファザコンで、「この役を今やる運命的な巡り合わせをいろんな意味で感じる」と覚悟を決める。

今回の「ヘッダ」には「ヘッダとテーア二人の女」という副題がつき、「普段よりもテーアがフォーカスされている」と見る。学者の夫テスマン(加藤頼)のライバル、レールボルグ(谷部央年)を助けるのがヘッダの知り合いテーア(荒木真有美)。控え目なテーアに比べ「どうみてもヘッダはお客さんから共感されない人物」というが、衝動的に行動してしまうヘッダだからこそ不可解であり、人間の深い業を感じさせる。それが魅力だ。

「自分は常に亜流」という意識を持っているという。高3で、渥美国泰の演劇私塾「アクト青山」で学んだ時、みんなが目指す桐朋学園に行かず、俳優座の演技研究所に入った時は日大芸術学部で映画を専攻していた変わった人だった。2003年から4年間、ニューヨークに住み、戻ってきてからも外部出演がけっこう多い。それでも「家族という温かさを感じるのは俳優座」ときっぱり断言する。

映画監督としてメガホンをとったり、自身の映画出演やテレビ、CMなど多彩に活躍。外部の活動でも「一つ一つの現場で感じ、自分の中で開拓したものを俳優座の舞台に持ち帰って実を結ばせたい」とひたむきだ。四季の稽古の時、演出の浅利から実名ではなく、親しみを込めて「はいゆう座さん」と呼ばれていたとか。俳優座に入団して20数余年、今度、イプセンのヘッダをやることは、まさに俳優座を代表するような女優に飛躍するきっかけになると言って間違いない。


(劇団機関紙コメディアン「俳優素描」(河野孝 記)より転載)